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広島高等裁判所松江支部 昭和39年(う)33号 判決

主文

被告人伊藤一助の本件控訴を棄却する。

原判決中被告人石原光邦同高岡吉延に関する部分を破棄する。

被告人石原光邦を懲役六月に、同高岡吉延を懲役四月に処する。

但し本裁判確定の日から四年間右各刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人石原光邦同高岡吉延の負担とする。

理由

弁護人矢田正一の控訴趣意第一、二点について

控訴趣意第一点は要するに、原判示(同第二(一)事実を除く)授受金員は選挙運動費の前渡しであるのに、原判決が選挙運動の報酬であると認めたのは事実の誤認であるというのであり、控訴趣意第二点は要するに、かりにそうでないとしても、原判示第一、第二(六)、第三は、供与罪の共謀者間における金員授受であるから、交付、受交付罪は成立しないというべく、原判決がその成立を認めたのは、理由にくいちがいがあるか、事実を誤認しひいては法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

原判決挙示の証拠に、当審公判廷における各被告人の供述を参酌すると、次の事実を認めることができる。

被告人石原は島根県飯石郡吉田村に居住し、田部林産有限会社会計主任として勤務しながら、同村々会議員、消防団長等の要職についているものであること、被告人高岡も同村に居住し、吉田運送有限会社の支配人格の仕事をしているものであること、被告人伊藤はその隣りに当る同郡三刀屋町に居住して材木業薪炭業を営み、同町々会議員であること、被告人石原同高岡は予てより、他の村内有志と共に、右吉田村々長を四期も勤め、人格、識見ともに秀でた原判示永業蔵義を原判示の県議会議員選挙に推挙し、当選せしめようと考えていたこと、被告人伊藤は地元町内から同選挙に立候補予定のものがあつたのであるが、従前の県議会議員選挙において、自己の推挙する者に対する応援を、永業等吉田村有力者に依頼したこともあるし、自己の営業上の取引先である田部林産有限会社が永業支持である関係等から、右選挙において永業を応援することを決意していたものであること、被告人石原は他の者と共に、吉田村において永業後援会を結成し、自からその幹事となつていたが、三刀屋町においても被告人伊藤等の力により後援会を結成して貰いたいと考え、昭和三八年三月四日、吉田村有志と共に三刀屋町上代旅館において被告人伊藤と会い右の件につき話合つたこと、その際被告人伊藤は被告人石原に対し、「三刀屋では地元から立候補する者があるため、選挙運動をする人はやりにくい。金がなくては細工にならぬ。世話して貰う人に、一人二―三〇〇〇円出してほしい」と申入れ、被告人石原はこれを承諾したこと、そこで被告人伊藤は自分が平素伐採人夫として使い、今回の選挙に選挙運動をさせようと考えている高尾正太郎、高橋富夫、須山清、吉岡泰造、従前より恒に自己の意を体して選挙運動をしてくれており、今回も選挙運動をしてくれる広田松蔵、谷口、樋口孝次郎、安井誉の八名の氏名を被告人石原に知らせたこと、被告人石原は「金はまとめて後日送るから適当にやつてくれ」というと、被告人伊藤は「自分は金は扱いたくないから直接本人に配つてくれ」と答えたこと、

同月一五日には被告人伊藤、川津多栄、錦織喜明が発起人となつて三刀屋町における永業後援会発会式が催され、被告人伊藤の意を受けて選挙運動をする前記八名の者も出席したこと、

同月一八日三刀屋町において郡内消防団特別研修があり、郡消防団副団長として出席した被告人石原と、町会議員である関係上来賓として出席した被告人伊藤は、その席上右選挙運動について打合せる機会があつたこと、被告人伊藤は「従前話合つたように、三刀屋町の選挙運動員に対し、早く金を二〇〇〇円、三〇〇〇円に区別して送るよう」申入れ、被告人石原は再度これを承諾したこと、

被告人石原はその帰途、永業蔵義後援会連絡事務所が設置されている同郡掛合町島田旅館に立寄つたところ、右事務所に出入りしている被告人高岡と会つたこと、被告人石原としては、被告人伊藤のいう選挙運動員が適当な人物であるかどうかにつき一抹の不安もないではなかつたので、三刀屋町の出身であり吉田村に養子に来た関係にある被告人高岡に聞けば、右の点がはつきりするのではないかと考え、被告人伊藤の指示する人物について相談したこと、被告人高岡は「そのうち三名の者しか知らぬが、伊藤のいうことだから間違いないだろう。金を出した方がよいのではないか」と答え、金を出すことになつたこと、

そこで被告人石原は、選挙告示前ではあるが、被告人伊藤が指示する前記八名の外、他の情報により三刀屋町内で永業の選挙運動をしてくれると考えられる人々に金を送ろうと考えたこと、同月二四日、被告人石原は後援事務所でもある吉田村内永業宅において、同じく選挙運動の下働きをしている藤原俊男に対し、前記八名の外三刀屋町における永業蔵義の運動員数名の氏名を赤色罫紙に記入したもの(以下メモという)および二〇〇〇円入りと三〇〇〇円入りの二種類の茶封筒計一四通位総計三万円を下らない金員を渡し、「これを被告人高岡に渡し早急に配るようにいえ。」と命じたこと、藤原は同日直ちに前記島田旅館に赴き、連絡事務所に詰めている被告人高岡に会つて、被告人石原から託された右メモと金員入り茶封筒を手渡したこと、被告人高岡が受取つたメモには、前記八名の外、川津武芳、宮崎善三郎、藤原利男、石飛庄太郎、伊藤政夫、三上正清、三刀屋運送の記載があつたこと、もつとも他はボールペンで記載してあるのに、三刀屋運送だけは最後に普通のペンで記載し、書添えた形になつていたこと、なお、メモには二〇〇〇円を供与する人と三〇〇〇円を供与する人を区別する印がついており、茶封筒にもこれに符合する印がついていたこと、被告人高岡に右交付があつた直後、被告人石原は右島田旅館において被告人高岡と直接会う機会があつたので、至急に右封筒を配るよう指示したこと、

被告人高岡は告示前である同月二五日、原判示第二(三)の如く前記高尾正太郎に六〇〇〇円を供与したこと、同月二六日同(四)の如く前記川津武芳に三〇〇〇円を供与したこと、又その際川津武芳に対し、「宮崎善三郎にも同趣旨の金を供与するのだが家は何処であろうか」と尋ねると、同人は「それは遠いから自分が渡してやろう」と答え、そこで宮崎分を原判示第二(五)の如く交付したこと、もつとも川津武芳は宮崎分を同人に交付せず、後に自己が費消したこと。同月二五日有限会社三刀屋運送を訪ねたところ、社長荒川某は、地元出身の山根某を右選挙に応援すると語つたので、金員を提供する話までしないで終つたこと、そこで被告人高岡としては、三刀屋運送分二〇〇〇円を持帰るよりは、三刀屋町において永業蔵義のため選挙運動をしてくれる他の人に与えた方がよいと考え、平素より自己が自動車の修理を頼んでいる有限会社三刀屋自動車修理工場を訪ね、佐々木吉一に対し、原判示第二(二)の如く選挙運動を依頼し、現金二〇〇〇円を供与しようとしたが受領を拒まれ申込に終つたこと、

被告人高岡においては、右メモに記載された者のうち家を探しあてることができないものがあつたため、被告人伊藤に聞けばこれが判るだろうと考え、同月二六日被告人伊藤居宅を訪ねたこと、被告人伊藤は「それでは吉岡、谷口、樋口、安井、石飛、伊藤は自分の方で配つてやろう」と答え、メモと照合して封筒に直接氏名を書き、原判示第二(六)の第三の如く右六通の封筒を受取つたこと、被告人伊藤は右の如くこれを配る積りで受取つたが、後にこれを思い止まり、右金員は同人の手中に止つて選挙運動打合せのための酒料理代等に費消されたこと、右封筒には計一万三〇〇〇円入つていたこと、

被告人高岡は、三刀屋運送分および三上分を結局本人に配布しないで終り、又被告人石原に返すこともせず、後日これを小遣銭として自から費消したこと、その金額は計五〇〇〇円であること、

以上の事実が認められる。

先ず控訴趣意第一点につき判断する。

右の如く授受された金員は、すべて選挙運動の報酬をすくなくとも不可分的に含むものであるということができる。被告人伊藤を除き授受した当事者は、各検察官に対する供述調書において、それが選挙運動の報酬の趣旨を含むものであることを明瞭に述べるところであるし、前記認定にかかる周囲の事情からいつても、それが選挙運動の報酬を不可分的に含むものであつたことが認められる。被告人伊藤が検察官調書において報酬であるというのは、公職選挙法第一九七条の二にいう報酬の趣旨であると考えられるところ、被告人石原に金員供与方を申入れた際取り交わされた言葉やその前後の事情からいつて、被告人伊藤も又、選挙運動の報酬の趣旨を含む金を授受するものと考えていたと認めるのが相当である。各被告人および受供与者等は原審および当審公判廷において、右は実費の前渡しであつて、検察官に対し選挙運動の報酬であると供述したのは、取調が初めての経験である上に、捜査官の態度が詰問的で心理的圧迫を受けたためであるとか、身柄を拘束されている他の関係人の身の上を案じ、かようにいう方が釈放に有利であると考えたためである等と供述する。検察官調書の形式は整つており、供述内容も殊更不自然とはみられず、やむを得ず虚偽の事実を語つたとする理由も極めて合理性の乏しいものである上に、本件全証拠を精査しても、検察官において供述の任意性を疑わしめるような取調態度をしたとは認め得ないので、右公判廷における供述は措信し得ないということができる。以上の次第で、授受金員が選挙運動の報酬であると認定した原判決にはこの点に事実の誤認はない。論旨は理由がない。

次に控訴趣意第二点について判断する。

前記認定事実、要約すると、供与資金が被告人石原から被告人高岡に渡され、被告人高岡の手中にその一部は残つたけれども、同人の手で、一部は高尾正太郎川津武芳に供与され、一部は川津武芳に交付され、一部は佐々木吉一に供与の申込がなされ、一部は更に被告人伊藤に渡されたとの事実(原判決でいうと、第二(一)を除く全事実)は、全体として被告人三名による供与の共謀の範囲内のものであるということができる。若干敷衒すると次のとおりである。

被告人伊藤は自己の勢力下にある八名のみへの買収資金供与を考えていたものであるから、その余の受供与者については共謀の範囲外であるとか、メモに記載された人物に供与しようとの趣旨であるから受供与者は限定的のものであり、被告人高岡の一存による三刀屋自動車修理工場佐々木吉一への供与申込みは、他の被告人の共謀の範囲外であるとの論があるかもしれない。

先ず被告人石原同伊藤間の共謀の内容を考えるに、被告人伊藤が同石原に対し三刀屋町地区の選挙運動者に金を送れといつたのは、直接的には自己の勢力下にある者を指示していつたのではあるが(両被告人は原審および当審公判廷において、両被告人間においては当初より一四名位全員に金員を供与しようとの合意があつと供述するが、右は供与の共謀者間の金員授受は何等の罪を構成しないとの知識を得て、三者間に緊密な共謀があつたことを殊更強調するため、事実を曲げて供述するに至つたものであることが、各証拠を総合して認定できる。川津武芳の父は三刀屋町における後援会発起人の一人である前記川津多栄であり、同人は三刀屋町における永業蔵義の選挙運動において、被告人伊藤とは別派をなす有力者であつて、被告人伊藤が直接的には自己の勢力下にある者への供与について話合つている際、右川津武芳および同派に属する伊藤政夫を格別指示するとは考えられない。)、地元に対立候補もあることであるし、その地区におけるその余の永業派選挙運動者に金を送る必要もあることは、協議の内容に入つているとみることができる。それ故にこそ被告人伊藤は、後に自己が指示しない石飛庄太郎、伊藤政夫への封筒の配布まで引受けたのである。次に被告人石原同高岡間の話合いも、メモに記載された人物に配布することが一応予定されてはいたけれども、三刀屋地区の選挙運動であつても、その余の者には配布しないとの趣旨は存しなかつたとみるべきである。被告人石原は三刀屋町地区における人物判定につき被告人高岡に相談している位であるから、被告人高岡を信用し、若干の人物の変更があつても、これを許すところであつたということができる(被告人伊藤の手によつて供与させるため、同人に交付することも、もとより許されている。)。なお、三者直接話合いがなされなくとも、順次共謀論を援用することにより、全体としての共謀の成立を認め得る。

原判決は、交付、受交付者の間に単に交付の目的について意思の連絡があるに過ぎない場合、あるいは両者が供与罪につき教唆的又は幇助的結合をしているに止まる時は、供与罪の共同正犯が成立しない趣旨を論じている。供与の共謀者間の金員授受が、何等の罪を構成しないとの不合理な考えを是正するため採られた見解で、傾聴すべきものを含んでいるが、にわかに賛成できない。我が判例の共謀共同正犯理論による限り、供与の手段、金額、相手方等について具体的に緊密な協議がなくとも、両者の結合にやや教唆的幇助的色彩があつても、共同正犯の成立を認め得る。もとより心理的関与が持つ役割の程度、自己の犯罪を実行する意思等の点から、共同正犯の成立を認め得ない場合は論外として、供与罪についてのみ、共同正犯の成立する範囲を限定的に解しなければならぬとする根拠は何処にもない。被告人三名は選挙運動において略々同格であつて、前記の如き意思の連絡があるのであるから、共同正犯の成立を認めるに十分である。

弁護人は供与罪の共謀者間の金銭授受は、供与実行のための準備行為であるから、何等の罪も構成せず、原判示第一、第二(六)第三は無罪であるという。

然しながら、それが供与の共謀者間の金銭授受であつても、交付即ち、「他の選挙運動者又は選挙人に供与するため、寄託の目的を以てする金銭等の所持の移転」という構成要件に該当する限り(露見を虞れての保管替等単なる所持移転は、「供与するため」ということがないので交付ではない。供与への発展方向を示す所持移転が交付である。)、交付罪が成立することに支障はない。昭和九年法律第四九号により交付罪受交付罪が新設された趣旨は、現実に買収が行われる一歩手前において、換言すれば、買収をその準備行為の段階において把え、これを罰しようとするのであるから、供与の準備行為であるの故を以て交付罪の成立を否定するのは自己矛盾である。

更に所論は、引用する判例からいつて、共同正犯は法律上同身一体の関係にあるものであるから、共謀者間の授受は金銭等が右手から左手に渡されたと同じであつて罪を構成しない、との見解を主張しているとみえる。

共謀共同正犯理論は、身体的動作としては犯罪の実行をしない者にも、他人との共謀という心理的関与に、犯罪の実行として価値を見出し得るという考えである。即ち、犯罪実行の共同ひいては正犯としての罪責評価の論理である。その内容として共同意思主体を唱えることにより、反転して共謀者間の別の犯罪構成要件に該当する行為に付きその該当性を否定する方向へ使われなくてはならぬ論理的必然性はない。殊に交付はされたけれども供与行為の存しない段階、即ち犯罪実行行為のない段階において、共同意思主体を援用することはできない筈である。又、交付罪は前記の如く、「他の者に供与させるため」ということが構成要件の内容となつている。構成要件の内容に、供与の共謀が予定せられるものを含んでいるのに、その供与の共謀であることを以て罪の成立を否定するのは矛盾した考え方といわざるを得ない。もしかような論が許されると、交付罪の成立する場合は皆無に近い。

以上の次第で供与の共謀者間の金銭授受であつても、交付、受交付罪が成立するに何の支障もないと考える。

もつとも受交付者が、交付者の意を体して供与しあるいは交付(それぞれ申込、約束を含む)したときは、前の交付受交付の罪は後の供与あるいは交付の準備行為として後者の罪に吸収される。交付を受けた金員等の一部が供与あるいは交付されたときは、その部分のみが後の罪に吸収され、残余は交付受交付罪として残る。全体として吸収されるとの考えもあるが、引渡されたものが極く一部であるとき、殊に後者も交付罪であるときは、僅か一部が再交付されたことにより(時には再交付の申込がなされたに止まることもある)始めの交付罪が全体として後者の罪に吸収されるとの考えは不合理であつて、この考えをとることはできない。

以上の次第で、被告人石原については、原判示第一の交付罪にかかる金員即ち三万円中、原判示第二(二)ないし(六)に該当する部分即ち計二万五〇〇〇円は、被告人高岡との共謀による供与罪等に吸収され、高岡に対する交付罪は成立しない。即ち原判決は、事実を誤認し、よつて不可罰的事前行為を罰するという法令適用の誤りを犯したことになり、この誤りは原判決に影響を及ぼすので、被告人石原に関する部分は破棄を免かれない。無罪であるとの所論は採用できないけれども、右の限度で論旨は理由があることになる。

被告人高岡については、原判決は前述の如く共犯にかかるところを単独犯と認定しているが、右認定の誤りは原判決に影響を及ぼすといえない。被告人伊藤は全体を共謀した者であるけれども自己が交付を受けた金員は結局手許に止めたものであつて、吸収さるべき他の罪はなく、受交付罪そのものが成立する。即ち原判決にはこの点に事実の誤認はない。よつて被告人高岡同伊藤についての論旨は理由がないことに帰する。

なお職権を以て調査するに、被告人高岡は受交付罪について起訴されず、したがつて有罪の認定を受けていないのであるから、その手許に残り後日費消した五〇〇〇円につき、公職選挙法第二二四条により追徴することはできないものというべく、これをなした原判決には法令適用の誤りがあり、右誤りは判決に影響を及ぼすので、被告人高岡に対する部分は右の点につき到底破棄を免かれない。

弁護人矢田正一の控訴趣意第三点について

所論は要するに、原判示第二(一)において被告人高岡が提供した酒食は、選挙運動の報酬ではないというのであるが、原判決挙示の証拠によつて、右は選挙運動の報酬であり、饗応するものものも受けるものも、かように認識していた事実を認定できる。証拠として援用された検察官調書(謄本)が不当な取調べにより作成され、供述に任意性がないと疑われる事情は全くない。

弁護人矢田正一の控訴趣意第四点について

所論は原判決の刑は重過ぎるというのである。然しながら、被告人伊藤(他の被告人についての判断は省略)の罪責は決して軽くない。買収事犯は選挙犯罪中最も悪質なものであつて、幸い被告人伊藤が交付を受けた金員は現実の買収には供せられなかつたけれども本件選挙運動上における地位および受交付金額からいつても、原判決が科する刑は相当であるということができる(起訴せられていないけれども、前叙の次第で、被告人伊藤は被告人石原同高岡共謀にかかる供与の罪等について共犯の立場にある)。論旨は理由がない。

弁護人青木健治の控訴趣意について

弁護人矢田正一の控訴趣意に対し説示したところを、すべてここに援用する(なお若干補足するに、永業蔵義が右選挙後、島根県選挙管理委員会に対し選挙運動費用の支出報告をした額が、法定の金額の約半額に止まるからといつて、あるいは交通不便な地における選挙運動には、交通費や宿泊費を要することが多いからといつて、本件授受金員が公職選挙法第一九七条の二所定の実費等であるとする根拠はない。実費の前渡しであるとするには、その当時使途が種目、金額等によつて具体的に予定され、なお後日それが資料によつて証明されるような方法で支給されなくてはならないが、本件ではかような事実は存しない。又かりに一部は実費前渡しの趣旨が存しても、選挙運動の報酬が不可分のものとして含まれていることは前述のとおりである。選挙の経験からいうと、告示前に選挙資金授受の実際上の必要があるからといつて、それは選挙運動に該当するのであるから、事前運動禁止の規定に触れることは否定できない。)。

よつて刑事訴訟法九三九六条に則り被告人伊藤の本件控訴を棄却する。又同法第三九七条第三八〇条第三八二条に則り原判決中被告人石原同高岡に関する部分を破棄するところ検察官は訴因の予備的追加をなしたので(被告人石原についても、主たる訴因たる交付と予備的訴因たる供与は基本的事実関係において同一である。被告人石原から被告人高岡へ原判示(二)ないし(六)の選挙運動者等に供与させる目的で、特定の日特定の場所で特定の金員の所持移転があつたという社会的事実は同一で、ただそれを交付とみるか供与の共謀とみるかの差に過ぎない。なお、予備的訴因を採用する結果併合罪加重の規定を適用することになるが、原判決の刑より重い刑を言渡さない限り、不利益変更禁止の規定に抵触することにもならない。)、同法四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決をする。

(罪となるべき事実)

被告人石原同高岡は、昭和三八年四月一七日施行の島根県議会議員選挙に際し島根県飯石郡地区から立候補した永業蔵義の選挙運動者であるが、昭和三七年一〇月末頃から、永業蔵義が同選挙に立候補する決意を持つていることを知つており、

第一、共謀の上、右永業蔵義に当選を得させる目的を以て、立候補届出前である

(一)同三八年三月二五日頃、同郡三刀屋町大字三刀屋二四四番地有限会社三刀屋自動車修理工場において、選挙人佐々木吉一に対し、右永業蔵義のため投票並びに投票取りまとめの選挙運動を依頼し、その報酬等として現金二、〇〇〇円の供与の申込をし

(二)前同日、同郡同町大字同一、〇四二番地菅田理髪店において、選挙運動者高尾正太郎に対し前同様の依頼をし、その報酬等として現金六、〇〇〇円を供与し

(三)同月二六日頃、同郡同町大字六重落合商店附近路上において、選挙運動者川津武芳に対し前同様の依頼をし、その報酬等として現金三、〇〇〇円を供与し

(四)前同日、前同所において、右川津武芳に対し選挙運動者宮崎善三郎に前同様の趣旨で供与することを依頼し、現金三、〇〇〇円を交付し

(五)前同日頃、同郡同町大字三刀屋二七六番地の二被告人伊藤一助方において、同人に対し選挙運動者吉岡泰蔵外数名に前同様の趣旨で供与することを依頼し、現金一三、〇〇〇円を交付し、

第二、被告人石原は右永業蔵義に当選を得させる目的を以て、立候補届出前である同三八年三月二四日頃、藤原俊男を介し、同郡掛合町一〇八番地島田旅館内永業蔵義後援会連絡事務所において、被告人高岡に対し、同郡三刀屋町地区の選挙運動者に右永業蔵義のため選挙運動をする報酬として供与することを依頼して現金五、〇〇〇円を交付し、

第三、被告人高岡は右永業蔵義に当選を得させる目的を以つて、立候補届出前である同三八年三月一六日頃、同郡三刀屋町大字殿河内三〇二番地妹尾直義方において、選挙人森田博、同妹尾治、同妹尾己一郎の三名に対し、右永業蔵義のため投票ならびに投票取りまとめの選挙運動を依頼し、その報酬として一人あたり約二四九円相当の酒食の饗応接待をなしよつてそれぞれ立候補届出前の選挙運動をしたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法律の適用)

被告人石原同高岡の判示第一(一)(二)(三)の所為は公職選挙法第二二一条第一項第二三九条第一号第一二九条罰金等臨時措置法第二条刑法第六〇条に、第一(四)(五)の所為は公職選挙法第二二一条第一項第五号、第二三九条第一号第一二九条罰金等臨時措置法第二条刑法第六〇条に、被告人石原の判示第二の所為は公職選挙法第二二一条第一項第五号、第二三九条第一号第一二九条罰金等臨時措置法第二条に、被告人高岡の判示第三の所為は公職選挙法第二二一条第一項第一号、第二三九条第一号第一二九条罰金等臨時措置法第二条に各該当し、以上の供与もしくは交付の罪と事前運動の罪の点は一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法第五四条第一項前段第一〇条により重い前者の刑に従うべく、所定刑中懲役刑を選択するところ、以上は被告人両名にとりそれぞれ同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により犯情最も重い判示第一(二)の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内で被告人石原を懲役六月に、被告人高岡を懲役四月に処する。而して情状刑の執行を猶予するが相当であると認め、同法第二五条第一項により被告人両名に対しこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人の負担とする。

よつて主文のとおり判決する。(高橋英明 竹村寿 干場義秋)

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